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山田について

ご挨拶

はじめまして。
たなばた鍼灸治療院、院長の山田です。

数ある鍼灸院の中から、当院のホームページをご覧いただきありがとうございます。

当院は、患者さんの大切な時間とプライバシーを守るため、完全予約貸切制を取り入れています。

ご予約いただいた時間は、その方のためだけの時間。

最初から最後まで、私がマンツーマンで対応しています。

このページでは、私がどのような経験をして鍼灸師になったのか...

そして、現在に至るまでの経緯をご紹介していきます。

​少し長文となりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

笑顔の男性、眼鏡をかけ、黒い服を着て立つ。内科医の市原です。
名古屋の森先生とツーショット

右:森灸温療院(灸専門院)の森先生の棒灸セミナーにて記念撮影

山田 將人

<Yamada  Masato>

鍼灸師

​(2006年取得)

せんねん灸セルフケアサポーター

額縁に入った二つの賞状。川村正明さん。きらら美容専門学校の修了証です。ichihara

マイヒストリー

●最初はスポーツトレーナーだった

 

私自身、子どもの頃からスポーツが好きでした。

小学4年生からサッカーを始め、地区選抜に選ばれたこともありましたが、視力の悪さや網膜剥離になる可能性があることから、サッカーを断念。

その後、「スラムダンク」の影響で中学からバスケットボールを始め、高校まで夢中になって続けました。

しかし、成長期にオスグット病による両膝の痛みを経験し、高校では腰椎分離症にも悩まされました。

歩くこともできないほど腰が痛くなることもあり、2度のドクターストップを経験。

それでもバスケットボールを続けましたが、高校最後の大会直前に腰の状態が悪化し、悔いの残る形で引退。

これらを経験したことで、身体が思うように動かない辛さ、好きなことができなくなる悔しさを知りました。

そして、高校卒業後の進路に悩む中で知ったのが『スポーツトレーナー』という職業でした。

「選手の力になりたい」
「ケガや故障をせず、試合に出てもらいたい」

そんな想いから、都内のスポーツトレーナー養成学校へ進学。

2年間、勉強漬けの日々を送りました。

おそらく、人生で一番勉強した時期です。笑

●スポーツトレーナーから鍼灸師へ

 

卒業後はスポーツ系の接骨院に勤務しながら、大学や高校のバスケットボール部でトレーナー活動を行いました。

そして、​選手を陰で支える機会が増えれば増えるほど、次第にこんな思いが強くなっていきました。

「痛みに対して治療もできるトレーナーになりたい。」

そこで、今度は鍼灸師を目指して専門学校へ進学。

整骨院やスポーツショップで働きながら学び、「はり師・きゅう師」の国家資格を取得しました。

その後も接骨院、クリニック、整形外科などで経験を積み、スポーツトレーナーとしての活動も続けました。

 

さまざまな現場で経験を積む中で、少しずつこのように思い始めました。

「もっと一人一人の患者さんに時間をかけて向き合いたい。」

流れ作業的な施術、マニュアル通りの施術、話がじっくりできないもどかしさ...など。

 

​この想いから独立へと舵を切り始め・・・

2011年8月に独立しました。

●スポーツ中心から現在へ

 

独立後もしばらくは、スポーツによるケガや故障を抱えた学生やアスリートの方を中心に施術していました。

看板も出さず隠れ家的に3年間おこないました。

 

現在の店舗に移転するタイミングで当時では珍しかった高気圧酸素BOXも導入し、スポーツをしている方々で賑わう治療院へと成長。

そんな中、少しずつ変化していったことがあります。

スポーツでケガをした学生を施術していると、そのご家族が

「実は私も肩こりがつらい...」
「最近、身体の調子が良くなくて...」

「子どもの送迎等で疲れ切っている...」

などの不調で辛い思いをしていると知りました。

最初は学生の身体を診ていたはずが、いつの間にか、そのご家族の身体の不調を施術するようになっていたんです。

そして、もう一つ大きかったのが、自分自身の変化でした。

年齢を重ねるにつれて、以前なら気にならなかった疲れが残ったり、腰痛が再発したり、睡眠の質が悪くなったり。

「昔と同じようにはいかないな」と、自分自身の身体の変化を感じるようになりました。

そこで改めて、これまでの経験を振り返りました。


 ・成長期の膝の痛み。

 ・バスケットによる腰の不調。
 ・長年のトレーナー活動。
 ・接骨院、クリニック、整形外科での経験。
 ・長く鍼灸師としてさまざまな身体と向き合ってきた経験。

 

そうした一つひとつがつながり、2025年12月、治療院の方向性を大きく転換しました。

現在は、30代以降に起こりやすい身体の変化や、自律神経・睡眠・更年期・冷えなどの不調に目を向け、鍼灸治療を中心とした施術を行っています。

自分自身の経験をもとに始まった私の仕事ですが、長年の経験を重ねた今、向き合いたいのは「今の身体」だけではありません。

これまでどのような身体の使い方をしてきたのか。
どんな生活を送り、どんな負担を積み重ねてきたのか。

そうした一人ひとりの「身体の履歴」に目を向けながら、施術をおこなっています。

※現在、学生の方は「通院されている方のお子さん」のみお受けしています。

​治療院の歩み

2011年8月

大型マンションの一室で、完全予約制の鍼灸治療院を開業。

看板は一切出さず、オートロックのマンション内で3年間。

ひっそりとした「隠れ家治療院」としてスタートしました。

2014年11月

事業拡大のため、現在の店舗へ移転。

ここから、第2章として新たな歩みが始まりました。

当時ではまだ珍しかった高気圧酸素BOXを導入し、スポーツをする学生やアスリートを中心に、多くの方にご利用いただきました。

移転後も、完全予約制・マンツーマンというスタイルは変えず、一人ひとりとじっくり向き合う時間を大切にしてきました。

2025年12月

11年間ご提供してきた高気圧酸素BOXを終了。

治療院の方向性を大きく転換。

これまでのスポーツによるケガや故障の施術中心から、30代以降の方に起こりやすい身体の症状や、睡眠・冷え・更年期などの不調に目を向け、鍼灸治療を中心とした施術へと完全シフト。第2.5章が始まりました。

スポーツを中心とした治療院から、年齢とともに変化していく身体に向き合う鍼灸院へ。

これまでの経験を土台に、現在のたなばた鍼灸治療院があります。

過去の貴重な体験

裁判員裁判制度にて補充裁判員になりました。

千葉地方裁判所にて合計5日間。

​これまでの人生で、なかなか経験できないことをさせてもらいました。

​補充裁判員になった経緯を聞きたい方はお気軽に質問してください。

証明書 平成28年10月19日 平成28年10月20日 平成28年10月24日 document formal declaration.

家族・好きな事

≪家 族≫

 妻・長男・長女・次女

​​≪好きな事≫

 ■シンプルライフへの追及

 ■スポーツ観戦・読書

 ■掃除・断捨離

 ■フリマサイトへの出品

 ■映画鑑賞(洋画・海外ドラマなど)

Cosplay Annex sign with blue and red ninja characters, ichihara.
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